2010年3月28日日曜日

特集―これからの高齢者雇用を考える

研究報告
Business Labor Trend 2009.12
6
本日は「継続雇用等をめぐる高齢者
雇用の現状と課題」をテーマに、調査
結果の概要とそれに基づく分析結果を
簡単にご紹介させていただく。労働政
策研究・研修機構では二○○八年の八
月から九月にかけて、「高齢者の雇用・
採用に関する調査」というアンケート
調査を実施した。全国の常用雇用五○
人以上の民営企業一万五○○○社に配
布して、そのうち三八六七社から回答
があった。結果的に中小企業、非製造
業からの回答が多かった(1)。
まず、六○歳到達後の正社員の雇用
の確保について聞いた結果を見ていた
だきたい。定年年齢(もっとも多い年
齢)をみると六○歳としているところ
が最も多く、八六・一%を占めている
(図1)。
継続雇用制度についてみると大部分
が六五歳を上限年齢としているが、一
方で上限年齢を定めていない企業も約
二割あった。
対象者の選択で七割の企業が
何らかの基準を設置
継続雇用の実態をもう少し詳しく見
てみたい。継続雇用制度の対象者につ
いて聞いたところ、「希望者全員」とし
ている企業が約三割、「希望者のうち、
継続雇用制度対象者の基準に適合する
もの」は約七割という結果となった(図
2)。では、具体的にどのような基準
で対象者を選んでいるかというと(複
数回答)、「働く意思・意欲があること」
(九○・二%)、「健康上支障がないこ
と」(九一・一%)といった条件をつけ
ている企業が非常に多い。それ以外に
は出勤率や勤務態度、会社が提示する
職務内容に合意できること、一定の業
績評価があることといったものを基準
にしている企業が多く見られる(図3)。
次に継続雇用時の就業形態を見ると
「嘱託・契約社員」がもっとも多く、
次いで「正
社員」、
「パート・
アルバイ
ト」の順に
なっている
( 図4)。
継続雇用制
度が普及し
ていくなか
で、実際ど
のくらいの
人が制度の
活用を希望
しているか
を聞いたと
ころ、全員
希望してい
る企業は四
分の一程度。
九割以上が
希望してい
る企業は二
割弱ある。
一方でまだ
継続雇用等をめぐる
   高齢者雇用の現状と課題
JILPT総括研究員 藤井 宏一
図1 定年年齢(最も多い年齢)(定年のある企業:調査企業の94.8%(n=3665))
図2 継続雇用制度の対象者(継続雇用制度のある企業(n=3506))
図3 継続雇用制度の対象者の基準(複数回答)       
   (対象者について基準に適合する者とする企業)(n=2460)
特集―これからの高齢者雇用を考える
Business Labor Trend 2009.12
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定年到達者がいない企業も一六・三%
あった。
継続雇用の希望を出した正社員のう
ち、実際に雇用される人の割合を聞い
たところ、「全員」と答えた企業が四五・
八%、「九○%〜一○○%未満」が一六・
七%となった。この設問でも「定年到
達者がいない」と答えた企業が一六%
あった。
六〇歳到達前社員を対象とし
た制度実施はわずか
継続雇用の関係で、六○歳到達前に
どのような制度を用意しているか聞い
た。六○歳到達前の正社員を対象に六
○歳以降の働き方や生活設計に関する
セミナーを行っている企業は一四・
四%だった。六○歳以降の雇用を円滑
に進めるための研修制度を実施してい
るのはわずか四・八%でほとんどの企
業で行われていないのが実態だ。六○
歳到達前の正社員の転籍制度を導入し
ている企業も一・六%と非常に少ない。
五○歳以上の正社員を対象とした取
り組みの実施の有無について聞いた。
常設の早期退職優遇制度を実施してい
るのは四・七%だが、転職支援や独立
開業支援の取り組みを行っている企業
は一%にも満たない状況だった。セミ
ナーや説明会を開催している場合、そ
の内容を聞いたところ(複数回答)、「雇
用形態」(七九・九%)、「雇用契約期間」
(七六・七%)、「賃金水準に関するも
の」(八○・三%)を中心に行っている。
また、雇用を円滑に進めるための研修
制度を実施している企業にその目的を
聞いたところ(複数回答)、「継続して
雇用された際の基本的な心構えに関す
るもの」が八割ぐらいで、仕事の変更
やスキルに関するものはあまりなかっ
た。
六○歳を迎えた正社員のうち、六○
歳以降も引き続き雇用された人の割合
を聞いたのが図5だ。「全員」と答え
た企業は三四・○%だった。九割以上
を雇用したと答えたのが一三・二%。
ここでもまだ定年到達者がいないとい
う企業が二五・七%あった。六○歳を
迎えた社員を引き続き雇用する割合を
三年前と比較したところ、「増加した」
と答えた企業は三分の一程度で六割は
「変わらない」と答えている。
六○歳を迎えた正社員を引き続き雇
用する割合を三年前より増やした会社
にその理由を尋ねると答えは大きく二
つに分かれる。一つは
継続雇用を希望する人
が増えたため、もう一
つが高年齢者雇用安定
法の改正に対応したた
めだ。
六○歳以降の雇用の
状況をみたが、そもそ
も六○歳までの雇用が
どの程度保障されてい
るかをみるため、一○
年前に五○歳を迎えた
正社員のうち、六○歳
まで勤務している人の
割合を聞いた結果が図
6だ。「一○○%」と
回答した企業は二八・
二%、「九○%〜一○
○%未満」は二三・三%
となっている。合わせ
ると半数の企業で九割
以上の雇用が確保され
たことになる。
図6 10年前に50歳を迎えた正社員のうち60歳まで勤続している割合(n=3867)
図5 昨年60歳を迎えた正社員のうち60歳以降も引き続き
雇用された割合(n=3867)
図4 継続雇用時の雇用・就業形態(継続雇用制度のある企業(n=3506))
特集―これからの高齢者雇用を考える
Business Labor Trend 2009.12
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六〇代前半の継続雇用者の大
半がフルタイム
六○代前半の継続雇用者の就業状況
や処遇についても調べた。まず、勤務
形態をみると、フルタイム勤務が非常
に多く、七割を超えている(図7)。
ただ、六○歳代前半の継続雇用でも定
年到達前のケースと定年到達後に継続
雇用制度によって雇用されているケー
スとでは、後者のほうが「フルタイム
勤務の四分の三程度」という回答の割
合が増えている。
なぜフルタイム以外の就業時間設定
を行っていないのか理由を尋ねたとこ
ろ(複数回答)、もっとも多い回答が「高
齢者の積極的活用の趣旨からフルタイ
ムが一番ふさわしいと考えるから」で
五割を超えた。他には四割弱の企業が
「業務の遂行が難しくなるから」と回
答している。実際、六○代前半の継続
雇用者の勤務形態という切り口でみる
と、「正社員でフルタイム勤務」、「正社
員以外でフルタイム勤務」と回答した
企業が多い。
六○代前半の継続雇用者の賃金水準
決定に際にもっとも重視している点を
きいたところ、「業界他社の状況」や「担
当する職務の市場賃金・相場」、「六○
歳到達時の賃金水準」で決めている企
業が多いことがわかった。定年到達前
の従業員の場合は、「業界他社の水準」
や「担当する職務の市場賃金・相場」
で決めているところが多いが、定年後、
継続雇用制度により雇用されている従
業員の場合は「六○歳到達時の賃金」
を重視する傾向があるほか、在職老齢
年金や高年齢雇用継続給付の受給状況
も考慮して決められている(図8)。
継続雇用制度のフルタイム従
業員の賃金水準は七五%未満
が多い
もっとも多い六○代前半、フルタイ
ム勤務の継続雇用者について、六○歳
直前の賃金水準を一○○とした場合、
六一歳になったときにどの程度賃金の
変動があったかを最高水準、平均給与
水準、最低水準についてそれぞれ聞い
た。定年到達前の従業員の場合、六一
歳になっても「一○○%」、あるいは「七
五%から一○○%未満」の水準を維持
している企業が比較的多いが、平均的
水準や最低水準では「五○%から七
五%未満」も割と多くみられる(図9)。
これに対し、定年到達後、継続雇用制
度により雇用されている従業員の場合
は、「五○%から七五%未満」がもっと
も多く、最低水準などでは「五○%未
満」と回答した企業も若干ある(図
10
)。
六○代前半のフルタイム継続雇用者
の平均的な年収は四○○万円代前半程
度で、その内訳をみると賃金・賞与が
八割くらい、他には在職老齢年金や高
年齢雇用継続給付がおのおの一割弱と
いうところだ。
六○代前半の継続雇用者の配置につ
いて、勤務場所は、「六○歳ごろと同じ
図7 60代前半の継続雇用者の週所定労働時間(n=3867)
図8 賃金水準決定の際に最も重視している点(n=3867)
図9 60代前半フルタイム継続雇用者の61歳時点の
賃金水準(60歳直前時点=100)
特集―これからの高齢者雇用を考える
Business Labor Trend 2009.12
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事業所で、同じ部署」、仕事内容も「通
常、六○歳ごろの仕事内容を継続」と
いう回答した企業がそれぞれ八割前後
を占めている。六○代前半の継続雇用
者を配置する際にどのような点に配慮
しているか聞いたところ(複数回答)、
「慣れている仕事に継続して配置する
こと」(七四・一%)、「本人の希望」(五
三・○%)という回答が多かった。
六○代前半の継続雇用者を対象に研
修を実施しているか聞いたが、九割の
企業は「実施していない」と回答し、「実
施している」ところはわずか二・八%
に過ぎなかった。この二・八%の企業
に対し、研修の内容を聞いたところ、
「技能や知識の陳腐化を防ぐため」と
いう理由がもっとも多かった。
仕事の確保や処遇の決定が課
題に
六○代後半を含めて高齢者雇用の課
題と今後の取り組みについても聞いた。
まず、高齢者雇用の確保のための課題
について聞いたところ(複数回答)、「高
齢社員の担当する仕事を自社内に確保
するのが難しい」(二七・二%)、「管理
職社員の扱いが難しい」(二五・四%)、
「定年後も雇用し続けている従業員の
処遇の決定が難しい」(二○・八%)と
いう回答が多いが、一方で、「特に課題
はない」とする企業も三割ほど見られ
た(図
11
)。
在職老齢年金や高年齢雇用継続給付
といった公的給付の受給者の有無を聞
いた設問では、半数の企業で「いる」
と答えた。こうした公的給付の支給額
が変更された場合の対応について聞い
たところ、特段「賃金は変更しない」
と答えた企業が半数だった。一方で「わ
からない」との回答も三分の一程度も
あり、こういった問題について十分に
検討されていない実情がうかがわれる。
六五歳より先の雇用確保措置
については六割が「未検討」
六五歳より先の雇用確保措置の実
施・検討状況についても聞いた(図
12
)。
図10 60代前半フルタイム継続雇用定年到達前従業員の
61歳時点の賃金水準(60歳直前時点=100)
図12 65歳より先の雇用確保措置が必要だと考える理由(複数回答)
図11 高齢者雇用確保の課題(複数回答)(n=3867)
特集―これからの高齢者雇用を考える
Business Labor Trend 2009.12
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「すでに実施している」という企業が
四分の一程度、「実施していないが、検
討している」企業が一割程度だ。六割
の企業は実施も検討もしていない状況
にある。現在、検討中の企業にどうい
うかたちで対応するか聞いたところ
(複数回答)、一番多かった回答が「企
業の実情に応じて働くことができる何
らかの仕組み」(四九・六%)で、次い
で「継続雇用制度の上限年齢の引き上
げ」(二一・○%)だった。すでに実施
している企業や検討している企業を対
象に六五歳より先の雇用確保措置が必
要な理由を聞いたところ、「会社にとっ
て戦力となる高齢者を積極的に活用す
る必要があるから」「高齢者でも十分に
働くことができるから」といった回答
が多かった。逆に言うと有能な高齢者
がいるので、すでに戦力として活用し
ているということが言えるのではない
か。
六五歳より先の雇用確保を実施する
にあたり、今後必
要な取り組みある
いはすでに実施し
ている取り組みを
聞いたところ、「継
続雇用者の処遇改
訂」「新たな勤務シ
フトの導入」が多
かったが、すでに
実施している企業
には「必要な取り
組みはない」と答
えた企業が三一・
八%あった(図
13
)。
六五歳より先の
雇用確保措置を検
討していない企業
にその理由を尋ね
たところ、「六五歳
までの対応で精一
杯であり、六五歳
より先の雇用は差
し迫った課題でな
いと考えるから」
という回答がもっ
とも多く四八・
五%だった。他に
は「個々の従業員の体力や能力に差が
あり一律雇用・処遇するのは難しいか
ら」(三八・九%)、「六五歳以降の労働
者は健康・体力面での不安が増すか
ら」(三○・五%)といった回答も目立っ
た。
最後にこのアンケート調査結果の分
析結果をいくつかご紹介させていただ
きたい。定年年齢や継続雇用の上限年
齢を延長している企業は、年功的処遇
を弱める方向で賃金制度の改定に取り
組んでいる企業が多い。ただ、高齢者
の生活面やモラール面を考慮せずに、
賃金カーブを下げすぎるとマイナスの
影響が出てくる可能性があるので、制
度設計は注意深く行う必要があるだろ
う。
六○歳到達前に働き方や生活に関す
るセミナーなどを行っている会社では
六〇歳以上比率が高い。そういう意味
では六○歳以前からの働き方をきちん
と考えている企業はそれなりに効果を
出しているのではないだろうか。
六五歳より先の雇用確保を行ってい
る企業は、定年や継続雇用制度よりも
むしろ、企業の実情に応じて柔軟に対
応しているケースが多いということが
うかがわれた。
〔注〕
1.回答企業には五○人未満の企業も含まれてい
る。その理由として調査会社で企業情報データ
ベースが対象企業を選定後、該当企業で従業員
数の減少等が生じたことが考えられる。
図13 65歳より先の雇用確保措置を実施する場合に必要になると思われる取組み、
あるいはすでに実施している取組み
日経テレコン21で
『Business Labor Trend』の記事検索が可能になりました
・8月6日からオンライン記事検索サービス「日経テレコン21」(http://t21.nikkei.co.jp/)で
『Business Labor Trend』に掲載された記事の見出し、本文を検索、閲覧することができるようになりました。
 ※ 記事検索を利用するためには日経テレコン21への加入が必要です。また、検索、閲覧ごとに利用料が発生します。

特集―これからの高齢者雇用を考える

Business Labor Trend 2009.12
2
今日のテーマでもある「生涯現役社
会の条件」とは、働く意思と能力があ
る人ができるだけ長く働き続けること
ができる社会のことである。なぜ、こ
れが必要かと言えば、日本は世界に類
を見ない高齢化を経験しつつあるとい
労働政策フォーラム
高齢者の本格的活用にむけて基
調


生涯現役社会
の条件
慶応義塾長 清家 篤
 わが国の高齢者は他の先進国に比べて、就労意欲が高い。このため、高齢者の就業ニーズや生活
ニーズに対応しつつ、働く環境をどう整備していくかが、進行する高齢化社会にあって極めて重要
な政策課題となっている。厚生年金の定額部分の支給開始年齢が段階的に引き上げられ、2013年
には65歳支給となることもあり、60歳前半と65歳まで、さらに65歳以降の雇用のあり方について、
今から議論を深めておくことが欠かせない。特集では、8月26日に開かれた労働政策フォーラムを
中心に、有識者アンケート等から高齢者雇用の現状を踏まえつつ、今後の課題を考える。
これからの高齢者雇用を考える
―現状と今後の課題は何か―
特集
特集―これからの高齢者雇用を考える
Business Labor Trend 2009.12
3
うことに尽きる。
日本ではすでに六五歳以上の高齢人
口の比率が二二%を越えており、五人
に一人以上が六五歳以上になっている。
二○一三年ごろには総人口の二五%が
六五歳以上の高齢者、すなわち人口の
四人に一人が六五歳以上の高齢者にな
る。不特定多数の人が集まるところで
目をつぶって石を投げると四回に一回
は六五歳以上の人の頭に当たる、その
ぐらい高齢者が多い社会がもうすぐ
やってくる。さらに二○三○年代の前
半になると日本の人口の三三%、つま
り三人に一人が六五歳以上の高齢者に
なる。また、二○五○年代の前半くら
いになるとこの比率が四○%を越える
ので、なんと人口の五人に二人は六五
歳以上の高齢者になる。
高齢者の人口比率がどんどん増えて
いくことに伴って、年金制度や医療保
険制度、介護保険制度、あるいは今日
のテーマである雇用などさまざまな問
題が出てくる。ただ、ここで最初に押
さえておきたいのは「高齢化は果たし
て問題なのか」という点だ。終戦直後
には男性五○歳、女性五四歳だった平
均寿命が今や男性は七九歳、女性は八
五歳を越えて世界一になっている。こ
こまで平均寿命が延びたのはそれだけ
生活水準が向上した、つまり、日本の
経済社会が成功した結果である。これ
を本当に喜べるようにするためには社
会の仕組みやわれわれの行動様式を変
えていく必要がある。若い人がたくさ
んいて、歳をとった人が少ない、いわ
ゆるピラミッド型の人口構造のもとで
つくられた制度が、歳をとった人が多
くて、若い人が少ない逆ピラミッド型
の構造になってきたときに実情と合わ
なくなってきた。逆にいえば、逆ピラ
ミッド型の人口構造にうまくフィット
するように社会の仕組みやわれわれの
行動様式を変えていけばいいというこ
となのである。
年齢基準変更の必要
その象徴が、社会保障制度や雇用制
度の中にある年齢基準だ。高齢者が増
えてきたときに六○歳までが現役で、
六○歳以降は引退世代という基準で制
度を区切ることはもは
や現実的ではなく、人
口構造との整合性を欠
くことになる。もし、
寿命が延びて、高齢者
がものすごく増えたな
かで、昔どおり六○歳
から年金を支給すると
いうことになれば、若
い人の負担は非常に重
くなってしまう。ある
いはもっと長時間労働
しないと日本の経済が
もたなくなってしまう。逆にそういう
ことを起きないようにしようと思えば、
高齢者に対する年金給付や介護のサー
ビスを削っていかなければならない。
人口がピラミッド型から逆ピラミッド
型に変わるなかで、従来の年齢基準を
維持しようとすると、若い人たちもど
んどん貧しくなり、年をとった人たち
もどんどん生活水準が下がってしまう
ということになってしまう。
そういったことが起きないよう、も
う少し現役の期間を長くしましょう、
少なくとも六五歳までは現役で働いて、
社会保険料を納める側、すなわち日本
の経済社会を支える側にいてもらいま
しょう、そのかわり、六五歳を過ぎた
ら引退したい人には引退できるオプ
ションを確保しましょうと。そんなふ
うにすれば、現役の期間が長くなるの
で、現役一人あたりの、社会保険料負
担とか、あるいは労働時間という面で
の負担もそんなに過大なものにならな
くて済む。一方、比較的短い引退期間
であれば、それなりの年金が支給でき
る。それが年金制度で言えば、老齢厚
生年金の支給開始年齢が段階的に六○
歳から六五歳に引き上げられるという
ことの意味だ。それにあわせて、高年
齢者雇用安定法も改正されて、企業の
雇用確保義務は六○歳という基準から
六五歳に引き上げられつつある。最終
的には六五歳までの雇用確保が雇い主
に求められるようになったわけだ。と
りあえず、人口構造の変化に合わせて、
年金をはじめとする社会保障制度の面
においてもあるは雇用の面においても
年齢基準を変えていきましょうという
ことだ。
今、六五歳以上の人の平均余命は男
性の場合、一八・六歳、女性の場合、
二三・六四歳だ。つまり、男性なら生
まれてから高等学校を卒業するまでと
同じくらいの期間、女性なら生まれて
から大学院修士課程一年を修了するの
と同じくらいの期間高齢者として生き
ることになり、これはちょっと長すぎ
るかもしれない。六五歳現役雇用の先
には、働く意思と仕事能力のある人は
年齢に関係なくいつまでのその能力を
発揮できるような社会にしていくこと
が必要になってくるかもしれない。そ
のことが冒頭に申し上げた「生涯現役
社会」の意味である。
生涯現役社会の条件に恵ま
れた日本
実は日本は生涯現役社会を実現する
条件に恵まれている。まず日本人はた
だ長生きであるだけでなく、健康で長
生きである。WHO(世界保健機構)
が行っている健康寿命という推計によ
れば、健康な状態で生きられる平均年
齢は男性七二歳、女性は七八歳で世界
第一位だ。
有名な聖路加病院の日野原重明先生
など、九〇歳代の半ばを過ぎてもまだ
まだかくしゃくとして仕事をされてお
り、なお数年先まで仕事の日程が決
まっているそうだ。森光子さんも九〇
歳近くなってなお現役の女優として舞
台狭しと活躍しておられる。こうした
日野原先生や森さんなどは特別として
も実は皆さんのまわりにも六○代はも
とより七○代でもまだまだ元気に働い
ている方は多いわけで、日本人は単に
長生きだけでなく、健康で長生きだと
特集―これからの高齢者雇用を考える
Business Labor Trend 2009.12
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いうことがわかる。
もうひとつ重要なことは日本の高齢
者は同じように生涯現役が求められて
いるほかの先進国に比べて、歳をとっ
てからの就労意欲が高い。
人口に占める勤労意欲を示す、最も
よく使われる指標は労働力率だが、
ちょうどいま雇用が延長されようとし
ている六○歳から六四歳の男性でみる
と、なんと日本の労働力率は七五%を
超えている。六○代前半の男性の四人
に三人は働く意思をもっているという
ことである。
これを他の先進国と比べると、日本
に次いで高いアメリカ、イギリスのア
ングロサクソン諸国で六○%ぐらいだ。
ヨーロッパ大陸に行くとぐっと下がっ
て、ドイツが四○%台の前半くらい、
フランスなどはまだ二○%にも達して
いないという状況で、日本の高齢者の
就労意欲が抜群に高いということがわ
かる。実際に日本の高齢者の就労意欲
の高さは、ほかの先進諸国の人たちの
驚異の的であり、ぜひこれを活かすべ
きだ。
高い能力を活かす
今、日本の高齢者、特に団塊世代の
方々が次々と六○代になっているが、
彼らは高度成長期に就職し、「ジャパン
アズナンバーワン」と言われた七○年
代の後半から九○年代の初めくらいの
日本経済の黄金期に働き盛りの時期を
過ごし、技能や人脈を蓄積してきた。
この人たちの能力を活かすことができ
るなら社会への人材のボーナスだ。。
 残間里江子さんという有名な女性評
論家がいる。彼女が『それでいいのか
蕎麦打ち男』という本を書き、団塊世
代の男性に対し、「蕎麦打ちで老後を過
ごすにはちょっと早いんじゃないの」
というメッセージを送っている。もち
ろん、蕎麦打ちもいいのだが、持って
いる能力を活かすことができれば、そ
れは本人にとっても社会にとってもす
ばらしいことではないか。そういう意
味では日本は生涯現役を推進しなけれ
ばならない必要性が高いと同時に高齢
者の就労意欲の高さという面で、そし
て高齢者の持っている仕事能力という
面でも生涯現役を進めるのに恵まれた
条件を備えている。これは大切なポイ
ントだ。
生涯現役社会のための雇用
変革
そのためにはせっかく働く意欲と能
力のある高齢者がたくさんいるのにそ
れを十分に活かし切れていない雇用の
仕組み、社会の仕組みを変えていく必
要がある。
その典型が定年退職制度である。厚
生年金給付は二階建てになっているが、
一階の定額部分の支給開始年齢が段階
的に引き上げられ、最終的には二○一
三年度に六五歳支給になる。二階の報
酬比例部分もやはり段階的に支給開始
年齢が引き上げられ、最終的には二○
二五年度に六五歳の支給になる。つま
り、一九六○年度以降に生まれた人は
一階、二階含めて、すべて六五歳にな
らないと年金がもらえないということ
になる(図)。
年金の支給開始年齢が六五歳になる
のに定年が六○歳のままでは困るので、
二○一三年度までに少なくとも六五歳
までは雇用確保措置を講じることが、
企業に義務づけられた。定年を延長で
きれば一番いいのだが、継続雇用制度
も認められており、日本企業の多くは
この制度で雇用を確保しようとしてい
る。いきなり定年延長をしようとして
も賃金制度の抜本的な改革などが必要
になるので、当面は継続雇用制度で雇
用を確保するということはやむをえな
いと思う。
日本の労使はルールを決めるまでは
色々と議論をするが、いったん、「双方
図 厚生年金の支給開始年齢の引き上げスケジュールと
高齢法の雇用確保義務年齢
2007年度~2009年度特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分) 老齢厚生年金
1945.4.2~
1947 4 1生まれ
(※男性の場合。女性は5年遅れ)


60歳
 ▼
65歳

61歳

62歳

63歳

64歳

63歳老齢基礎年金
2010年度~2012年度老齢厚生年金
64歳定額部分老齢基礎年金
特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)
1947.4.2~
1949.4.1生まれ
特別支給の老齢厚生年金
(定額部分)
1947.4.1高齢法の雇用確保措置義務







高齢法の雇用確保措置義務







2013年度老齢厚生年金
65歳老齢基礎年金
特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)
1949.4.2~
1953.4.1生まれ

高齢法の雇用確保措置義務
2013年度~2015年度老齢厚生年金
65歳老齢基礎年金
2016年度~2018年度老齢厚生年金
特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)
特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)
1953.4.2~
1955.4.1生まれ
1955.4.2~


高齢法の雇用確保措置義務
65歳老齢基礎年金
2019年度~2021年度老齢厚生年金
65歳老齢基礎年金
特別支給の老齢厚生年金
(報酬比例部分)
1957.4.1生まれ
1957.4.2~
1959.4.1生まれ







高齢法の雇用確保措置義務
高齢法の雇用確保措置義務2022年度~2024年度報酬比例部分老齢厚生年金
65歳老齢基礎年金
1959.4.2~
高齢法の雇用確保措置義務1961.4.1生まれ


年金受給まで
の空白期間
2025年度~ 老齢厚生年金
65歳老齢基礎年金
1961.4.2以降に生
高齢法の雇用確保措置義務まれた人
特集―これからの高齢者雇用を考える
Business Labor Trend 2009.12
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ぎりぎりこれなら守れる」というライ
ンを妥協しながらでも決めると、日本
人は遵法精神が旺盛なのでしっかりと
そのルールを守る。そのため、今のと
ころは六五歳までの雇用確保措置が有
効に働き、六○歳代の就業率は顕著に
高まっている。
その上で先ほども言ったように最終
的に年金の支給開始年齢が六五歳に
なったときに定年もそこに合わせない
と社会の仕組みとしては整合性を欠く
かもしれない。そういう意味では長期
的にはやはり年金の支給開始年齢に合
わせて定年もそこまで引き上げること
を労使双方で考えていただきたい。
こういう話を経営者の方にするとそ
れまで「生涯現役社会、結構ですね」
とおっしゃっていたのが「六五歳まで
定年延長は無理ですね」と反応される
ケースがまだある。そんな時、私は「皆
さんは六五歳まで定年延長をするなど
とんでもないと顔をしかめられますが、
そういう皆さんの中にも六五歳ぐらい
の方はたくさんいるじゃないですか。
自分らは元気に六五歳で経営者をやっ
ているけれども普通のサラリーマンは
六五歳では無理だというのはちょっと
おかしいんじゃないですか。経営者が
六五歳でできるのなら、普通の担当者
レベルのサラリーマンも六五歳ででき
ると考えてください」と申し上げるこ
とにしている。
年齢を基準としない賃金、
処遇制度
もちろん経営者が六五歳までの定年
延長導入に顔をしかめるのには理由が
ある。一番大きな理由は年功賃金だ。
年齢や勤続に応じて、賃金が上昇する
仕組みのまま定年を延長すると企業に
とってコストの高い従業員がたくさん
増えてしまう。
私は若い人が一人前になるまではむ
しろ年功賃金がいいと思う。入社一○
年目ぐらいまでは先輩から仕事を教え
てもらって一人前になっていくが、そ
ういう時期は必ず仕事を教える先輩の
ほうが教えてもらう後輩より賃金が高
いという仕組みではないと能力形成は
うまくいかない。
ただ、その後は各人の持っている仕
事能力、あるいは会社に対する貢献度
に応じて賃金を支払う仕組みにしてい
く必要がある。歳をとっても管理職の
椅子に座って仕事をするのではなく、
培った能力を活かして担当者として仕
事をしていくという仕組みの賃金、処
遇制度にしていけば、定年を延ばして
も必ずしも企業にとってコストが高く
ならない。そういう意味では、定年を
本格的に延長するためには、賃金、処
遇制度を定年の前、おそらくは四○代
のころから少しずつ見直していくこと
が課題だと思っている。
実はこれが実態としてかなり進んで
いるのが、日本の中小企業だ。中小企
業には柔軟な賃金体系をとりながらも
実は歳をとった人たちの能力を六○代
になっても、場合によっては七○代に
なってもうまく活用している事例がた
くさんある。
もちろん、歳をとってからしっかり
と仕事をするためにはそれなりの能力
の蓄積が必要だ。従来のように定年が
短いときには、若いときに集中的に能
力開発をして、あとは惰性で定年まで
突っ走るという短距離競走型の能力開
発でもよかったかもしれない。しかし、
少なくとも六○代の半ばまで、あるい
は場合によると七○歳近くまで現役で
働くということになれば、常に新しい
知識だとか技術だとかを生涯にわたっ
て身に着けていく長距離競走型の能力
開発、キャリア形成が必要になってく
るだろう。別の言い方をすれば生涯現
役社会というのは生涯能力開発社会で
もある。
豊かな超高齢社会に向けて
生涯現役というのは引退の自由を認
めないということではない。昔は誰に
も引退の自由はなく、一部の有閑階級
を除き、多くの人は死ぬまで働いてい
た。近代社会ではごく普通の労働者に
も人生の最後で引退生活を送ることが
できる社会であって、この点は非常に
重要である。
問題は、引退の自由がある一方で、
一定の年齢になると本来、働く意思が
ある、あるいは能力があるにもかかわ
らず、その能力の発揮が妨げられてし
まうことだ。そういう意味では、一方
で引退の自由もそれなりに確保しなが
ら、他方で年齢を理由に働く意思や仕
事能力の発揮が妨げられないような社
会をどのようにつくっていくかをこれ
から労使でじっくりと考えていただき
たい。
同時に生涯現役というのは、先ほど
申し上げたように最後には引退生活が
待っているのだから、生活者としても
生涯現役ということだ。よく企業や労
働組合では、定年前に定年後の生活セ
ミナーなどを開催している。年金のも
らい方や退職金の運用方法などを夫婦
で学ぶのだが、そこでの定番のプログ
ラムの一つに定年後の生活、あるいは
引退後の生活の一日の時間割をつくる
というものがある。女性の場合、すぐ
に一日の予定が埋まってしまうが、男
性はなかなか埋まらないそうだ。そう
いう男性は奥様方が地域社会などで活
躍の場を広げている勉強会とか文化
サークルとか、ボランティア活動に
くっついていく。
私の大変尊敬している慶應義塾大学
の名誉教授の岩男寿美子先生の著書の
中にこんなことが書かれていた。昔は
「亭主元気で留守がいい」というキャッ
チフレーズが奥様方の間で使われてい
たが、最近は奥様方の活躍の場にくっ
ついていきたがる亭主がいるので、そ
れは邪魔だ、ということで新たに「亭
主丈夫で留守番がいい」というものが
出てきたそうだ。亭主は丈夫で家で留
守番でもしていればいいということだ
が、こうなってしまっては寂しい。
そういう意味では生涯現役で働ける
ような働き方を考えていただくと同時
に仕事を離れても家族の一員として、
あるいは地域社会の一員として現役で
活動できるようなそういう働き方、ま
さにこのへんがワーク・ライフ・バラ
ンスではないかと思うのだが、それを
若いころからやっておかないと、いき
なり定年後に地域社会デビュー、家族
デビューはできないので、このへんも
含めて労使でじっくりと考えていただ
きたい。